2015年11月27日

リビングアートシンポジウムvol.1 葦の船

リビングアートシンポジウムvol.1いよいよ開催!

リビングアートとは?
生きている芸術(living art)
去年までは、私たちはエイブルフレンドネットワークという名前で活動しておりました。
障害者と健常者が分け隔てなくアートを楽しめる場を提供することを目的にしていました。
15年に渡って、横浜市港北区の知的障害を抱えた方達と一緒に、演劇を日常の中に取り入れ、それを楽しむという活動を行ってきました。
しかし、エイブルという言葉が手垢にまみれてしまい、色々な誤解も生むようになってきたのも事実です。
たとえば、24時間テレビといった番組のように、障害者に同情する、お涙頂戴的な演出が含まれているのではないかとか。
現場の人間は同情されたくもないし、同情もしません。
その関係は対等で、むしろお互いに馬鹿にしあったりして普通にコミュニケーションをしている。
ところが現場を知らない人たちが勝手にあのような番組を作って世の中に違和感のあるイメージを植えつけている。そこで問題なのは、同情とか憐れみという感情が差別を産んでいるということです。相手を見下すというか、自分のほうが、まともで立場が上なんだという意識なのです。これらはテレビ番組だけでなく、我々の日常の中にも潜んでいる感覚です。そういう無意識と戦うために、あえてエイブルという単語を切り離しました。
私が考えているのは、障害者も健常者も関係なく、生きているアート作品(死んでいるものではなく)を誰もが自由に発表したり享受できる場所を作りたかったのです。

生きているアートとはなんでしょうか。
私は古今東西様々なアートに触れてきました
その時に感じたことがあります。
「この作品は生きいてる!生きている力を感じる!」
これは作品の良し悪しではなく、うまい下手でもなく、そのような力を持っているか否かだけなのです。

たとえば、日本で横山大観をみる、フランスでゴッホの絵画を見る、オランダでフェルメールをみる、イタリアでカラバッジオやダビンチをみる、彼らの絵は何百年も前に描かれたものですが、今でも強力な力をもってそこに現れている。作品が生きている。

ドイツでピナ・バウシュをみる、フランスでピーター・ブルックをみる、日本で大野一雄をみる、舞台芸術もダンスや演劇、舞踏など様々な領域で「生きている」力を持った作品に出会うことができます。

そのような瞬間はじつは日常の中にも沢山存在しています。
好きな人に告白されたとき。はじめてセックスをしたとき。子供が産まれたとき。子供がはじめて歩いた時。
笑うことができなかった障害者の人がはじめて笑った時など、
数え上げたらキリがありませんが、「生きている」と感じる瞬間は沢山あります。

もしかしたらリビングアートというのは
この体験や感覚を舞台上や作品の中で味わいたいだけなのかもしれません。
そしてそれを表現することや享受することに
障害者や健常者といった分け隔ては存在しないのです。

私達はリビングアートを実際に目に見えるものとするために
12月22日と来年の1月11日に横浜でリビングアートフェスティバルを開催します!
そこを目指して話しておきたいことを、みんなで話したくて、共有したくて、シンポジウムを開催することにしました。

まずは障害者と社会、そして文化活動がどのように関わってきたのかを探ります。
遠く古代から現代まで、そして現在の問題が何なのか、リビングアートの可能性はあるのか

ゲストコメンテーターは江原顕さん
江原さんは
社会がもたらす障害をなくしたいと役所に勤務し障害福祉に携わっています。
K-POPをこよなく愛する共生プロモーター、社会福祉士です。

司会は私、リビングアートネットワーク代表の今井尋也です。

もちろん障害のある方もない方も自由に参加することができるシンポジウムです
後半は参加者全員で話し合う時間も作りたいと思っています。
どうぞお気軽にご参加ください。
どんな方でもウエルカムです!

リビングアートシンポジウムvol.1
「葦の船」
11月28日(土)15時〜17時
場所:関内長者スタジオ
横浜市中区長者町2−5−4−204
入場無料
問い合わせ 080−6705−1359
jinya1@megalo.biz



日本で一番古い書物の「古事記」によれば、日本で最初の男神、女神、聖書にたとえればアダムとイヴに当るイザナミ、イザナギ二神の間に生まれた最初の子が、どうも未熟児のCPだったらしいのです。3歳になっても体がグニャグニャなので、ヒルコと名付けられます。水田などに住んで人や動物の血を吸うヒルです。このヒルコは葦の船に乗せられて海に流されて、歴史の上からは姿を消してしまいます。

 そのヒルコが後の時代になって、民間伝説の中ではエビスと名を変えて、福の神としてリハビリテーションするのです。葦の船が無事に岸に流れついて、そこで魚釣りの神となったという話です。新しい国造りに忙しい当局者から消されたものが、庶民の力によって復活させられたのです。

 その他にも日本神話には、スクナヒコノミコトとかクエビコとか、小人だったり、歩行不能者であることを思わせる神がいます。身体に障害があっても、優れた頭脳の持ち主として登場しているのです。

 民間伝説といえば福子伝説というのが日本各地に存在しています。障害児が生まれるとその家は栄える、という言い伝えです。そうした子供が生まれると、その子が一生困らないように……と、家族全体が心を合せて仕事に励む結果が、その家を栄えさせることになるのでしょう。その家族にとっては非常な努力と苦労の結果に違いないでしょうが、近所から見ると、いかにも障害児が福を招き寄せるようにも見えたのでしょう。見方を変えると、この福子伝説の広がりが、障害児たちを生かすことに役立ったことになるのだと思います。
posted by jinya at 08:13| Comment(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする